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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)125号 判決 1996年9月26日

東京都荒川区西尾久四丁目一七番一〇号

上告人

株式会社協和ロープ

右代表者代表取締役

池田則弘

右訴訟代理人弁護士

小嶋豊郎

小嶋正

東京都荒川区東日暮里四丁目九番八号

被上告人

三伸機材株式会社

右代表者代表取締役

岡田勝

右訴訟代理人弁護士

大久保孝裕

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(ネ)第一一五二号実用新案権侵害排除等請求事件について、同裁判所が平成四年九月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小嶋豊郎、同小嶋正の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成五年(オ)第一二五号 上告人 株式会社協和ロープ)

上告代理人小嶋豊郎、同小嶋正の上告理由

原判決には、次のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背、若しくは理由不備がある。

一、上告理由一(実用新案法二六条および特許法七〇条の解釈について)

原審の認定した事実によれば、

1 本件考案は、梁吊上げクランプにおいて、<1>ナットがクランプ本体から落下若しくは紛失することを防止するとともに、ナットとクランプ本体を結ぶワイヤー等の索条の捩れを避け、かつ、<2>吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の鈑側の螺子山部の損傷を防止することを技術的課題とする。

2 被控訴人製品(以下「本件製品」という)も本件考案と同じく右<1>及び<2>の技術的課題の解決を目的とする。

3 前記<1>及び<2>の技術的課題は、梁吊上げクランプのナットの構成を「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を有するナット」とすることにより解決される。

4 本件考案と本件製品は、いずれも前記<1>及び<2>の技術的課題を解決するために「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、且つ、内周面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を有するナット」を有するが、そのようなナットの構成を成型させる方法は一様ではなく、その点において本件考案と本件製品は次のように技術的思想及び構成を異にし、作用効果にも差異がある。

5 すなわち、本件考案が前記<1>及び<2>の技術的課題を解決するためにナットに施した手段として、その実用新案登録請求の範囲には「該クランプのボルトに螺合される雌螺子孔を有する筒状の螺子体の一側外周が縮径段状とされ、且つ段状部に雄螺子が設けられていると共に該段状部には、前記雄螺子に螺合する雌螺子を有し、且つ前記ボルトに遊嵌される管体が螺着されているナット」と記載されている。

その記載文言自体から、本件考案におけるナットは、クランクのボルトが嵌通する部分が、ボルトが螺合する雌螺子孔を有する部分(雌螺子孔部分)と雌螺子孔がなくボルトが遊嵌される部分(遊嵌部分)とに分離され、それぞれが別個の部品からなり、この「雌螺子孔部分の外周に刻設された雄螺子」と「遊嵌部分に刻設された雌螺子」とが「螺着」されてなる構成と認められる。

6 これに対して、本件製品のナットの構成は、雌螺孔部分と遊嵌部分が二個の部品に分けられることなく、一体として成型された構成であり、かつ「管体本体43」と環体42の脱落防止のための「管体41」の部分が「溶着」された構成である。

7 本件製品は、ナットの分離及び回動環の脱落の可能性がないなど、より安全性の確保が可能であるという、本件考案とは異なる作用効果がある。

というのである。

そして、原判決は、実用新案法二六条、特許法七〇条(平成二年法律三〇号による改正前のもの。以下同じ)によれば実用新案の技術的範囲は願書に添付された明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないのであり、実用新案法五条四項(昭和六二年法律二七号による改正前のもの)によれば、実用新案登録請求の範囲には考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないところ、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、ナットに関して前記5前段のように記載されているので、本件考案におけるナットの構成要件は同5後段のように解すべきことは明らかであり、「本件公報の考案の詳細な説明を参酌して解釈する余地のないものである」と判示している。

しかしながら、考案の本質は、自然法則を利用した「技術的思想の創作」なのであるから(実用新案法二条一項)、考案との同一性の判断に当たっては、その技術的な思想面に着目して実質的に行なう必要がある。すなわち、「実用新案登録請求の範囲の文言のみに拘泥するときには、実質的権利侵害の横行を防止することができないのであって、このような観点から、実用新案登録請求の範囲の記載文言をとおして本来出願人が意図した意味そのもの、すなわち文言の意味する真の意味を探求して補充的に解釈することは許されると考えられる」(後掲最高裁判例の第一審判決である旭川地裁昭和五八年三月二四日判決の判決書三八丁表二行目、その判決要旨は工業所有権関係判決速報一〇一号五頁二五七八に掲載、末尾添付)。もちろん、技術的範囲の解釈は客観的になされなければならないが、実用新案登録請求の範囲の記載は考案の詳細な説明の記載及び図面に基礎付けられているのであって、実用新案登録請求の範囲に記載された文言の技術的意味を明確に理解するために、その裏付けをなす考案の詳細な説明の記載及び図面を参照することはもとより許されることである。また、実用新案登録請求の範囲の記載文言を実質的に解釈したときに、常に考案の技術的範囲を画する法的安定性が害されることにもならない。考案の詳細な説明の記載及び図面を参照のうえ、考案の構成要件に関して必要に応じた補充的解釈を施し、客観的に認められる実質的な同一物件をその技術的範囲に含めることは許されるべきであって、本件においてもそれが妥当するものと考えられる。原判決には、この点において実用新案法二六条および特許法七〇条の解釈を誤った違法があり、若しくは理由不備が存する。

すなわち、考案の詳細な説明を参照して、本件考案のナットの構成に関する技術的意味を検討するに、まず、考案の詳細な説明のうち、本件考案の構成の要旨を述べた部分(本件明細書第二欄二〇行目ないし第三欄五行目)および本件考案の構成の特長を述べた部分(同書第三欄四一行目ないし第四欄八行目)は、いずれも「嵌通孔内壁の一側半部に雌螺子を刻設し、他側半部を平滑な拡径孔としたナット」で、その「外周面に設けた周凹溝内に回動自在に環体を嵌着し」たものとされており、すなわち、「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、かつ、内周面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を有する」ことだけが要件とされ、その具体的構造の如何は問われておらず、むしろ両者は一体のものとして理解されている(同書第四欄二〇行目ないし二二行目)。そのうえ、考案の詳細な説明には、ナットを雌螺子孔部分と遊嵌部分に分離することによる技術的効果、及び、ナットを構成する二つの管体の組付方法を螺着とすることによる技術的効果について、いずれも一切記載されていない。

しかも、本件考案は、梁吊上げクランプにおいて右<1>及び<2>を技術的課題とするものであるところ、そもそも右<1>及び<2>の技術的課題を解決するには、ナットの構成を二分するか一体のものとするか、固着方法を螺着とするか溶着とするかを問わず、要するに「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、かつ、内周面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を有するナット」であればよく、そのようなナットの構成の差異や固着の具体的方法は、本件の技術的課題の解決には直接には関係がないものであることも、本件考案の出願時の当業者において容易に了知し得る。

このように、本件考案の出願時における当業者が、これらの考案の詳細な説明の記載を参照して実用新案登録請求の範囲を検討すれば、本件考案のナットの技術的思想としては、要するに「外周面に環体を嵌着するための溝を有し、かつ、内周面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を有する」ことが本質なのであり、本来はそのようなナットに成型するための設計方法や固着の具体的方法に技術的意味があるわけではないことを容易に読み取ることが可能である。

ところで、そのようなナットを成型する設計方法には多様のものがあり得ることは原判決の判示のとおりであって、そのすべてを本件考案の技術的範囲に含ませるときの法的安定性に対する弊害もまた原判決判示のとおりである。

しかし、本件考案の技術的範囲を定めるため実用新案登録請求の範囲の紀載を解釈するにあたって、実質的権利侵害の横行を防止するたあに、ナットの構成に関して補充的解釈を施し、客観的に認められる実質的な同一物件を技術的範囲に含ませる限度であれば、判示のような弊害を生じることなく考案の適切な保護を図ることが可能である。

これを本件についてみるに、本件製品は、本件考案における技術的課題を解決するためのナットの構成をすべて充足しており、かつ、ナットの外周面に溝を有することにより回動自在の環体を設置でき、内周面上部に遊嵌部分を設けることによりボルトの鈑側部分の螺子山の刻設を省略できるという作用効果も同一である。原判決は、本件製品が本件考案のナットと異なる構成を用いることにより異なる作用効果が生じる旨の事実認定をしているが、しかし、その構成の差異はそもそも異なる作用効果を目的とする程度のものとは到底いい得ないばかりか、その作用効果の差異も、本件考案の技術的範囲の枠外と認められる程度のものとは到底いえない。本件製品は、本件考案と同一の技術的課題の解決を目的としており、そのための解決手段の方向も全く同一であり、かつ、そのナットの作用効果も実質上同一なのである。本件考案と本件製品とのナットの構成の差異は、遊嵌する回動環をナット本体に嵌着する方法が異なるに過ぎないのである。

よって、本件考案の実用新案登録請求の範囲にその設計の一態様が記載されているからといって、その文言に拘泥して、その設計態様まで厳格に同一でなければ実用新案権を侵害することにはならないと解釈するのは硬直に過ぎ、本件製品は、本件考案の実用新案登録請求の範囲の文言を補充的に解釈することにより、本件考案の構成要件を充足するものであって、原判決には実用新案法二六条および特許法七〇条の解釈を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、若しくは、理由不備が存するといわざるを得ない。

二、上告理由二(いわゆる均等論の解釈について)

仮に、本件製品が本件考案の構成要件を充足するものでなくても、「実用新案の構成要件の一部を他の要素に置換した考案において、その要素が実用新案の構成要件と目的及び作用効果において同一であるがゆえに置換が可能であり、かつそのように置換えることが実用新案出願当時における当業者であれば容易に推考できる程度のものである場合には、その技術は均等として実用新案の保護範囲に含まれるものと解される」(前掲旭川地裁判決三六丁裏六行目)。この事件の上告審である最高裁昭和六二年五月二九日判決(昭和六〇年(オ)第三八一号事件、判決要旨は工業所有権関係判決速報一四五号一頁三九六八に掲載、末尾添付)、及びその控訴審である札幌高裁昭和五九年一二月二五日判決(判決要旨は工業所有権関係判決速報一一七号二頁三〇六三に掲載、末尾添付)も結論においてこれを是認している。この事件は、考案(樹皮はぎ機における原木の作業位置調整装置)における実用新案登録請求の範囲の記載中、動力伝達機構について「シリンダー」と明記されているにも拘らず、動力伝達機構に「クランク機構」を用いた製品を、「Bのシリンダー機構とBのクランク機構とは、腕杆を昇降させる目的は同一であり、その方法として、前者は直線往復運動をすることによるのに対し、後者は回転運動を往復運動に変えることによるのであるが、いずれも往復運動をするという作用効果においては同一であり、腕杆を昇降させる目的も同一と考えられる」として、考案の均等物と認めたものである。

そこで、本件考案と本件製品を対比するに、まず、本件考案と本件製品のナットは、いずれも右技術的課題を解決するために外周面に環体を嵌着するための溝を設け、かつ、内周面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を設けるという目的及び構造において同一であり、次に、その方法として、前者はナット本体を二分し、後者はナット本体を一体のものとし、あるいは前者は固着方法に螺着を用い、後者は溶着を用い、その固着部位も異なるものの、いずれもナットがクランプ本体から落下若しくは紛失することを防止するうえナットとクランプ本体を結ぶワイヤー等の索条の捩れを避け、かつ、吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の飯側の螺子山部の損傷を防止するという作用効果をもたらす点では同一である。

ところが、原判決は、本件考案のナットと本件製品のナットとは、第一に技術的思想及び構成を異にする、第二に作用効果にも差異がある、第三に構成の差異点は単なる周知又は慣用の技術の置換とはいえないとして、均等性を認めていない。

しかし、まず、第一の点について、およそ考案の構成要件の一部を置換したときには、置換された要件と置換物とが技術的思想及び構造を異にするのはむしろ通常のことである。前記最高裁判例の事例も、シリンダー機構とクランク機構とは、腕杆を昇降させる目的は同一であっても、動力伝達機構としての技術思想は、前者は直線往復運動をすることによるのに対し、後者は回転運動を往復運動に変えることによるものであって、その技術的思想は異なるのである。技術的思想といっても、どの次元でこれを捕らえるかが問題であり、本件にあっては、「ナットがクランプ本体から落下若しくは紛失することを防止するだけでなくナットとクランプ本体を結ぶワイヤー等の索条の捩れを避けるためにナットに溝を設けて遊嵌する回動環を嵌着し、かつ、吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の飯側の螺子山部の損傷を防止するためにナット内側面に雌螺子孔部分と遊嵌部分を設けるという工夫」という点での技術的思想は同一といい得るのである。

この点、「実用新案登録請求の範囲の文言のみに拘泥するときには、実質的権利侵害の横行を防止することができないのであって、このような観点から、実用新案登録請求の範囲の記載文言をとおして本来出願人が意図した意味そのもの、すなわち文言の意味する真の意味を探求して補充的に解釈することは許される」(前掲判例)ことを併せ考えれば、本件考案と本件製品とのナットの構造の差異は、均等であることの妨げにはならないと考えるべきである。

第二の点について、原判決は、本件製品には本件考案とは異なる作用効果があることを理由に均等性を否定しているが、本件考案と本件製品はいずれもナットの外周面に溝を有することにより回動自在の環体を設置でき、内周面上部に遊嵌部分を設けることによりボルトの飯側部分の螺子山の刻設を省略できるという効果を有し、よって、ナットのクランプ本体からの落下等の防止及びナットとクランプ本体を結ぶワイヤー等の索条の捩れの回避、並びに吊上げ時の梁用鋼材の揺動等による桿の鈑側の螺子山部の損傷の防止という各作用効果において同一であることは疑いがなく、また、原判決の認定している本件製品のナットの本件考案とは異なる作用効果は、本件考案の技術的範囲の枠外と認められる程度の作用効果とは到底いい得ない。本件製品は本件考案と作用効果においても実質上同一である。

第三の点については、本件製品の外観は本件考案の公報記載の図面に酷似しており、そのナットは、本件考案と比較して、解決する技術的課題も同一であり、解決手段の方向も同一であって、その構成の差異は本件考案とは異なる作用効果を目的とする程度のものではなく、金属の固着方法として「溶着」は周知の技術であるなど特に新しい技術を採用したと認められる点は皆無であるから、本件製品のナットの構成は、本件考案の出願時における当業者において周知または慣用の技術であったというべきであって、原判決のこの点についての判示には、均等論の解釈の誤り、若しくは経験則違背が存する。

ところで、実用新案法二六条、特許法七〇条が考案の技術的範囲を実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定めるべきものと規定している趣旨は、実用新案登録請求の範囲が、実用新案権の効力の及ぶ客観的範囲を一般第三者に公示する役割を担い、法的安定性が求められていることによるものである。

しかし、上告人の主張は、ナットの構成方法についての一構成要件を上位概念に置換えようとするのではなく、実用新案登録請求の範囲の記載文言の補充的解釈を行うものであり、更に、本件では、出願時における当業者において、考案の詳細な説明の記載を参照して実用新案登録請求の範囲の記載を解釈したときに、その記載の一部が、技術的課題の解決と直接に関わるものでなく、その設計の一態様を示しているに過ぎないことを容易に読み取れるのであるから、その設計方法を異にする製品を均等物と認めても、実用新案権の及ぶ客観的範囲を画する技術的範囲の果たす法的安定性の機能を害することにはならない。

本件製品は本件考案と均等であって、その技術的範囲に含まれるものと解すべきであり、原判決は、実用新案法二六条および特許法七〇条の解釈から認められるいわゆる均等論の適用範囲を誤ったものといわざるを得ず、よって、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

以上

(添付書類省略)

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